帝王の言葉 第6話 飛距離を売ったのは誰なのか

前作より5ヤード飛ぶ」

「ボール初速が上がる」

「300ヤードを超えた」

こうした表現は分かりやすく、数字で比較できます。

新しいクラブを買う理由にもなります。

一方で、

正しい場所へ運びやすい。

縦距離が安定する。

左右のミスを限定できる。

球筋を管理しやすい。

次のショットを打ちやすい場所へ置ける。

といった性能は、一言では伝わりません。

そのためメーカーは、クラブの価値を飛距離で説明するようになりました。

そしてゴルフメディアも、その価値観を繰り返し伝えてきました。

何ヤード飛んだのか。

どの番手で打ったのか。

ボール初速はどれくらいだったのか。

パー5で2オンしたのか。

こうした情報は、テレビでも記事でも扱いやすいものです。

しかし本来、ゴルフで重要なのは、何ヤード飛んだかだけではありません。

なぜそのクラブを選んだのか。

どちら側を狙ったのか。

どのミスを消したのか。

次のショットをどこから打とうとしたのか。

そこまで説明しなければ、良いショットの意味は伝わりません。

遠くへ飛んだショットは、一目で価値が分かります。

しかし、20ヤード抑えて正しい場所へ置いたショットは、解説されなければ地味に見えます。

その結果、観客もゴルファーも、

飛ばす選手は優れている。

短いクラブを持つ選手は有利である。

狭いコースは質が低い。

ドライバーを振れないコースは面白くない。

と考えるようになりました。

ここで、商業と競技の主従が逆転します。

本来は、優れたゴルフをどう見せ、どう伝えるかを考えるべきでした。

ところが実際には、売りやすいゴルフに合わせて、競技の方が変えられていきました。

飛距離が映えるコースを使う。

大観衆の前でドライバーを振らせる。

パー5の2オンや短いパー4のワンオンを見せ場にする。

その結果、飛距離のある選手が上位に来る。

そして、その結果を見て、

やはり飛距離が最も重要だ。

という評価がさらに強くなる。

メーカーが飛距離を売る。

メディアが飛距離を賞賛する。

PGAツアーが飛距離の映える舞台を用意する。

そこでロングヒッターが勝つ。

その勝利を使って、また飛距離が商品として売られる。

この循環が、現代ゴルフの価値観を作ってきたのではないでしょうか。

問題は、ロングヒッターが勝つことではありません。

ロングヒッターにも、高い技術があります。

問題は、飛距離以外の技術が見えなくなったことです。

例えばベン・ホーガンは、サム・スニードほど飛ぶ選手ではありませんでした。

それでもホーガンは、飛距離を追うのではなく、ボールをコントロールする道を選びました。

ドローで距離を求めるゴルフから、フェードで曲がり幅と停止地点を管理するゴルフへ変えた後、メジャーで大きな成功を収めています。

これは、当時のゴルフが飛距離だけを評価していなかったことを示しています。

飛距離を少し失っても、方向、球筋、着弾地点、停止位置を管理できれば、勝つことができた。

ジャック・ニクラスも、当時としては飛距離のある選手でした。

しかし、彼が帝王になった理由は、単に遠くへ飛ばしたからではありません。

飛距離を含め、ボールの高さ、曲がり、距離、着弾地点をコントロールできたからです。

彼らは、パワーを捨てたのではありません。

パワーをコントロールの中に置いたのです。

日本でも、似た問題を見ることができます。

宮里藍選手が米国へ主戦場を移した頃、スポンサーやメディアは、飛距離を強く強調しました。

彼女の本来の強みは、正確性、距離感、コースマネジメント、パッティングを含めた総合的なゲームでした。

しかし、米国で戦うためには飛距離が必要だという評価が強くなれば、選手自身も、その尺度で戦おうとしてしまう可能性があります。

相手の長所と同じ土俵で戦おうとすれば、自分が勝ってきた方法を見失うことがあります。

宮里選手が後に世界ランキング1位まで上がったのは、飛距離で他の選手を圧倒したからではありません。

自分のリズム、正確性、ショートゲーム、パッティングを中心に、再び自分のゴルフを作り上げたからでしょう。

商業は、選手の弱点を分かりやすく示します。

「もっと飛ばせ」

そう言えば、クラブもボールも売れます。

しかし、その言葉を選手やゴルファーが受け入れすぎると、本来持っていた勝ち方まで失うことがあります。

商業そのものが悪いわけではありません。

メーカーも、メディアも、プロツアーも、商業によって成り立っています。

問題は、商業が競技を支えるのではなく、競技の価値を決めるようになったことです。

ゴルフの一部である飛距離を、ゴルフ全体として売った。

その結果、ゴルファーは「何が上手いのか」を誤解するようになりました。

遠くへ飛ばしたショットが、必ずしも良いショットではありません。

必要な距離を、必要な方向へ運び、次のボールを止める条件を作ったショットこそ、価値のあるショットです。

戻すべきなのは、ボールの飛距離だけではありません。

メーカー、メディア、ツアーが、何を価値として伝えるのか。

その基準そのものです。

次回は、ゴルフが本来どのように選手の技術を評価してきた競技なのか。

そして、なぜ現在のゴルフが、総合技術を問う競技から、最大出力を競う陸上競技のようになってしまったのかを考えます。

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